身近に「心不全」で入院された方いませんか?「心臓の調子が悪そう」な感じのこの言葉、聞く機会が最近増えています。「パンデミック」は、ある病気が国あるいは世界中で大流行することです。そう、新型コロナで聞き馴れた感染症で使われるあの言葉です。ところが、「心不全」の「パンデミック」という表現をこの頃よく見かけます。と言っても心臓の病気が感染するのではなく、多数の人が「心不全」になる時代になったという事です。
日本循環器学会では「心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です」と定義しています。症状が出た後には入退院を繰返し生命が損なわれていく過程が図で表現され、「生命を縮める」という文言と共に衝撃的でもあります。5年後までの生存率が50%前後ともされ、癌にも比肩し得るほどの病気なのです。
さて、心臓は筋肉で出来たポンプであり血液を吸い込みそして送り出す作業を繰り返しています。高齢になると筋肉(心筋と呼びます)の弾力性が落ちて硬くなりますが、そこに元々の心臓に関わる病気(基礎心疾患)による負荷が加わると不調になり易いのです。また、心不全の強い原因となる心房細動という脈を乱す病気(不整脈)も加齢により増加し一層拍車がかかります。ご存じの様に日本では超高齢社会を迎え、2025年頃には65歳以上の方が30%を超える状況です。高齢者の数自体が増大すれば加齢に伴う心不全の患者数も急速に増加し、即ちパンデミック状態になって医療機関が疲弊し入院などの対処が困難になる可能性があります。
上記の「基礎心疾患」には、弁膜症・心筋梗塞・不整脈などで心筋が傷害される、あるいは心筋自体が原因不明で傷害される(心筋症)など種々のものがあります。心臓は血液を体中に送るポンプです。その不調には、ポンプの収縮が悪く体中に血液を送れない事と、心筋が硬くてポンプへの吸い込みが悪く上流に血液が滞ってしまう事(うっ血)の二つの側面があり、多くは両者の混合した形を呈します。一方で高齢者(特に女性・高血圧・糖尿病の方)では吸い込みが悪いことだけが目立つ状態も起こります。この場合一見心臓がよく動いて(収縮して)見えてもうっ血が生じて心不全を来します。
症状はどんなものでしょう?心臓からの送り出しが悪いと体中で血液不足となり全身倦怠感が強くなります。うっ血が起こると肺から酸素が吸収できず、動いた時に息切れを起こし重症になれば安静でも呼吸困難が生じます。全身から心臓に戻る血液の吸い込みが滞ればむくみが生じます。実際に心不全に気づくきっかけは「この頃、歩いた時に息がしんどい」「朝にも足がむくんでいる」といったうっ血症状です。さらに、「だるい、すぐに疲れる」「顔・唇・爪の色が悪い」といった血液を体中に送り出せないで起こる症状も見逃せません。
診断には、症状や体の診察から心不全を疑いレントゲンや心電図でも基礎心疾患を含め評価しますが、その時には心臓超音波(心エコー)検査がとても有用です。また、BNPという物質の血液検査で心臓にかかる負荷の程度を推測できます。
治療は、基礎心疾患に対する治療と心不全自体に対する治療(負荷を軽くし心臓が楽に仕事できるようにする)を並行して進めます。急激な状態の落ち込みによる入院を防ぐ事が「生命を縮め」ないための基本的な作戦であり、早く介入し進行を遅らせる事を目指します。最近には画期的な新薬も幾つか出ており治療の方針も変革を遂げています。
医師の説明を受けて「心不全」をよく知り、薬をきっちり服用し、塩分や水分の摂り過ぎを避け、調子が悪くなる要因の過労や風邪に注意しましょう。呼吸の不調や急な体重増加など異変があれば、我慢せず早めにかかりつけ医に相談することがとても大切です。
(この記事は令和2年12月3日の奈良新新聞「暮らし」面に掲載された院長の文章を適宜改変しています)